乗るなと言いながら、僕にはシクロ運転手の友人が何人かいます。結構いい人ばかりだし彼らの商売の邪魔はしたくないのだけど、彼ら自身が最近は悪いシクロが増えてきていると言うのです。いつか商売上がったりで、彼ら自身が悪徳シクロに変身しないことを祈ってやみません。
 そうしたシクロ運転手の一人にクンさんがいます。クンさんとは最初のベトナム旅行で知り合い、ベトナムに行く度に会っています。最初に会ったときは結構警戒したのですが、持っているノートの寄せ書きとねばり強さに負けて乗ってしまいました。
 実際、クンさんのねばり強さは相当なもので、この前(96秋)ベトナムに行ったときには別の日本人が捕まっていました。話を聞くと断っても断っても付いてくるので、ビアホイに入ってビールを飲んでいると、まだ待っている。仕方ないので、呼んでビールをおごってやると件のノートを見せて陥落させたとのこと。まるでストーカーみたいですね(笑)。もっともその日本人の彼はあちこちに連れて行ってもらったり、家で飯を食わせてもらったりで満足していたようですが。ただ、その時点では彼はお金を全然払っていなかったので、どうなったものだか気になってはおります。
 ベトナム旅行の二回目からは家に寄らせてもらって、ご飯をごちそうになったり、ごやっかいになっています。クンさんの一家は奥さん、息子、娘二人の五人家族で、一日に15ドル稼がないと暮らしていけないと言います。もし彼に会うことがあったら、『しおた』の話をしてみてください。多分覚えていると思います。
 しかし、街でクンさんを見かけることはもうなくなるかも知れません。今回(97/4)、彼を訪ねていったら、彼は新しい家を建てている最中とのことでシクロを休業していました。サイゴン中心部から15kmくらい離れたところに一階の部屋数が3つある(それまでは一間)家を5000ドルくらいかけて作っているというのです。クンさんの稼ぎがいいのは知っていましたが、これには結構驚きました。それに二台目のバイクも新車で買っていましたし。才覚のある人間はどんどんお金を稼いで豊かになる、そういう今のベトナムの社会構造が見えるひとときでした。
 クンさんは、家が建ってもシクロやバイクタクシーはやりたくないと言っていました。シクロは街の中心部から排除されて商売ができないし、また非常に悪徳シクロが増えてイメージが悪くなりすぎた。だから商売替えするつもりだが、どこかあてはないかと聞かれて困ってしまいました。僕はなんの役にも立てないけど、多分クンさんはどうにかやっていくだろうなと思いながら、別れを告げたのでした。