ベトナム戦争の韓国軍

 あまりこの件について書くつもりはなかったのですが、この件を慰安婦問題の対抗措置にするためベトナムを利用しようとする人が増えているようなので、少し書いておこうと思います。
 最初に私が思っている結論から言うと、ベトナムを利用しようとする試みはおそらく失敗します。ベトナム政府はしたたかなので、利があると思えば途中乗ったような動きもするかも知れませんが、制御できなくなるような事態には決してしないだろうと考えられます。民間で動きが出ているように見えても、必ず政府の制御範囲内です。特に外国によって国内状況が左右されるようなことは決して許さないでしょう。なんと言っても韓国は莫大な投資をしてくれている良いお客さんなので。韓国だけでなく、過去にいろいろな関係(フランス、日本、アメリカ、中国、韓国)があっても未来志向で行くのが現在のベトナム政府の方針です。

 まずは、ベトナム戦争における韓国軍派遣の経緯です。
 アメリカからの経済支援を引き出すためと、自国も南北に分断され共産主義の脅威に直面している反共国家として自由主義諸国の連帯という旗印のもと、1963年から1973年までに、ピーク時5万人、延べ30万人を超える兵士が南ベトナムに派遣されました。その結果、戦死者は約5000人を超えると言われ、韓国の国内では功労者として顕彰されていました。
 その一方、ベトナム側ではベトナム戦争当時から、南部解放戦線のラジオ放送で韓国軍の虐殺や暴行などが明らかにされていました。韓国軍が配備されていた中部では、被害に遭った村々では忘れるに忘れられぬ出来事として記憶に刻まれている様です。虐殺を記憶し、犠牲者を弔うために慰霊碑や憎悪碑が建てられ、地方レベルで式典を開いているところもあり、地域(県、省レベルまで)に留まっている限りは、中央政府も特に介入はしていなかったようです。
 ベトナム政府の公式な反応としては、過去のこととして特にこの件を追求する様子は見られず、むしろ経済的に重要な関係となってきている韓国への配慮が優先しているような感じです。
 90年代の半ばから、韓国人留学生が研究の過程でベトナム政府の関連文書を入手するようになり、韓国内で流布している自由の戦士とは違う実像が見えてきました。が、その影響の大きさから公表を躊躇している間に、並行して韓国NGOのベトナム中部訪問などでも実態が見えてきました。その情報から、左派系新聞のハンギョレが現地での取材を行、1999年にベトナムに謝ろうキャンペーンを始め、韓国内で大きな反響を呼びました。特に大きな反応はベトナムに派兵されていた元軍人で、退役軍人組織の「枯葉剤戦友会」などは、2000年6月27日に二千人以上でこの新聞社を攻撃し、設備を破壊、社員も負傷させる事件を起こしました。退役軍人にとって、ベトナムは共産主義国家に対する聖戦、誇るべき戦歴だったからです。
 韓国政府としても金大中大統領の時に公式に謝罪する明確なコメントを出しましたが、一般世論レベルでは退役軍人に対する顕彰碑を韓国全国に造ったり、法律で元軍人の国家功労者の理由として『世界平和の維持に貢献した』と位置付けたりという動きがあり、ベトナム政府の猛反発を受けて李明博大統領が計画したベトナム訪問がキャンセルになりそうだった事態も発生しています。
 ベトナムでも増大する韓国の影響の中で、TVドラマに韓国軍の制服をきた主人公に憧れてSNSなどに軍服姿で写真をアップするような動きに苦言を申し立てる主張もあったのですが、韓国内でその動きが反響を呼ぶと、ベトナム外務省から注意を受け、鎮静化していきました。 ベトナム政府としては、自らの正統性を傷つけるような動きには断固抗議するものの、基本的には友好関係を維持するために過去には蓋をするという方針のようです。

この辺りは、参考文献につけている『戦争記憶の政治学』の著者伊藤正子氏がよくまとめられています。
韓国軍によるベトナム人戦時虐殺問題 伊藤正子

既にオリジナルの記事はネットから消えているようですが、Wikipediaに記載があります。
ニューズウィーク日本版2000年4月12日号「 私の村は地獄になった」
タイビン村虐殺事件
フォンニィ・フォンニャットの虐殺
ハミの虐殺

ニューズウィーク日本版2005年4月19日号「償いは必要ないあれは戦争だった」
当時の韓国軍総司令官が語るベトナム戦争
Newsweek ベトナムにおける韓国軍
Fallen Heroes

関連文献
戦争・記憶・喪 ─韓国のベトナム戦争記念物と忘却のポリティックス 李 恵慶
ベトナムが韓国の戦争犯罪を今も黙殺する理由 中野亜里
韓国が謝罪しない訳 ニューズウィーク 2013年10月16日
なぜ韓国はライダイハンに無関心でいられるか

参考書籍
『戦争の記憶 記憶の戦争 韓国 人のベトナム戦争』金賢娥 著・安田敏朗訳(三元社,2009 年)
書評 金栄鎬

『戦争記憶の政治学 ―― 韓国軍 によるベトナム人戦時虐殺問題と和解への道』伊藤正子. 平凡社,2013,292p.
書評 今井昭夫
書評 中野亜里